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若手俳優の世界に足を踏み入れたつれづれ

最後の自担とのお別れのこと。

あの当時、ジャニーズJr.が事務所を辞めたことは「なんとなくお察しください」であることがほとんどだった。ある程度継続的にお仕事があれば、いつの日かステージや舞台で名前や姿を見かけなくなり、そして「ああ、辞めたんだな」と察するしかなかった。ジャニーズショップで個人写真が売られるぐらいのJrであれば、写真が撤去されるのである意味のお知らせ。下手すれば、1度雑誌で見かけてそのまま2度と姿を見ないJrもいる。

しかし、「お察し」パターンの厄介なところは、1回の仕事の欠席=辞めた、ではないこともあったり、そもそも欠席なのか召集されていないのかすらもわからないこと。なんともまぁ、モヤモヤした気分になる。今でもそうなんだろうか。

最後の自担は、まさに前述の「お察し」Jr。仕事は継続的にあるものの、メディアへの露出は低く(たまに3誌に載る程度)、メインは先輩のコンサートのバックと舞台出演。次の仕事が何なのかも分からない、いつもツアーや舞台の終わりには、もしかしたらこれでお別れかもしれない・・・という意識が私の中にあった。

別れは、まさに突然だった。

春に行われていた某舞台の千秋楽間近に、いつもよりもよりいっそう嫌な予感がしてきた私は、千秋楽の舞台に立つ彼を中2階から見ていて、なんとも言えない晴々しい気持ちを感じ、気がついたら1人ボロボロと泣いていた。別にカーテンコールで泣くような舞台でもないのに。舞台が終わった後、数年連続でバックについていた舞台がその夏も控えていて、同じ人を応援している知人たちはみんな夏の話をしたけど、私はなんとなく次の話をする気にはならずにその話を上の空で聞いていた。

それからしばらくして、夏が来る前に彼は事務所を辞めた。いまだにそれを知った日のことは鮮明に覚えている。ただ、私は幸運にもそれをきちんと知ることができた。私はそれを約5年間私なりに全力で彼を応援してきたことから導き出された1つの答えだと思った。その当時の日記にも、「この日のために今までがあった」ということを書いている。でも、決して終わりを迎えるために応援していたわけではない。応援している人を最後まで自分なりの全力で応援すること、それが私の応援スタイルだったからなのだ。